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献立の華「わんさし」

わんさし

昔から日本料理では、吸い物の “あたり(味)” と差味の “包丁さばき” が 板前の真骨頂とされてきました。 「椀もの」と「刺身」は、「わんさし」と呼ばれ、日本料理の特徴とそのおいしさをもっとも表現した料理といえます。

座付きと仲居

料理屋や料亭などに行った場合、「わん」すなわち「吸物・椀もの」と「さし」すなわち「刺身・造り」を食べれば、その店の料理人の腕前を確かめられると言えるのです。「刺身」で包丁の冴えを見極め、「吸物」で味付けを確認するというわけです。

昔は「座付き吸い物」といって、お客が座敷に通されて座布団に座るとすぐに出される吸い物で、お客は、これを 吸ってその店の板前の腕を判断したのです。この最初の吸い物がまずかったら、他の料理もおしなべて知るべし ということです。江戸の廓(くるわ)が華やかな時代、“太鼓持ち” を引き連れて遊び歩いた “お大尽” のなかには、 かなりの食通も多くいて、この「座付き吸い物」の味が気に入らないと、早々その店を出て、よそへ行く人もあった そうです。 店では、芸妓に三味線をひかせて客を迎えるのが常で、この時にひく三味線を “お座付き” といって、お座敷にでて まず第一に掻き鳴らす御祝儀物のことをさします。 「座付き吸い物」を出して、お客に味をみてもらい合格したら、今度は板前の方で、どんなお客なのかを見定めます。 そのテストとして出されるのが「口取り肴」または「お口取り」とよばれる料理です。 「口取り」とは「お客の口の好みを取る」という意味です。甘いもの、塩辛いもの、辛いもの、脂っこいもの、酸味の あるものなどを一口大の肴にして盛り合わせて出します。(今で言う前菜のようなものです) そこで、仲居頭 (なかいがしら) は、お客にお酒をすすめながら口取りのなかで何がお客の好みか、手を付ける 料理の内容で判断して、甘党か辛党なのかをみて、板場へ報告に行きます。板場ではその好みに応じて、あとの料理の 味付けを調整して出す準備をしたのです。

お客と板場の “仲” に “居て” 客の好みや座敷の様子を板場に伝え、本当に喜んでもらえる料理を出すのが 「仲居」の大切な仕事だったのです。

客人ひとりひとりの好みを知るのは至難の業ですが、この様な仕組みは、料理屋とお客の関係を大切にするサービス業の原点となっていると思います。

季節を表現する吸い物の役割

日本料理にとって最も基本的で重要とされる「出汁」を使った「吸物」の役割を考えてみます。 会席料理では「椀もの」「吸物」は、酒菜の一品で酒の相手をする肴です。(酒菜と書いてサカナと読みます。) 献立の一品である「椀」は「お吸物」で酒の肴であり、コースの最後に供される食事のご飯の相手をするのは「汁」と よんで、この「椀 (吸い物)」とは区別します。 会席料理の「椀 (吸い物)」は、一般的に澄まし汁を使います。蛤や鯛、鱈などのような魚は「汐仕立て・潮仕立て」 として供します。 また、味噌や酒粕を使う場合もあり、擂り流し(すりながし)のようなものもあります。 「味噌汁」や「粕汁」は、主に食事と一緒に出す「汁もの」ですが、会席の献立では、酒菜である「椀もの」と表記して、 この味噌汁や粕汁を扱う時には、”味噌仕立て” とか ”粕仕立て” と、書くのが定式です。(「○○汁」と書くのは、 食事と一緒に出す「止椀」のときに限られます。) さて、この「椀もの (吸い物)」は、五つの要素で出来ていて、食べる人が椀のふたを開けた時に、その時節の季節感を もっとも感じられるように演出されるものとして、献立の中でも重要なものとして位置づけられています。

一、椀種 (わんだね) お椀の実、主役

二、椀妻 (わんづま) 椀種の脇役

三、青味 (あおみ) 季節の葉菜

四、吸地 (すいじ) 吸い物のスープ

五、鴨頭 (こうと) 季節を表す香り、香辛料

「鴨頭(こうと)」は「吸い口」または、単に「口」といいます。それでは、なぜ「吸い物」が日本料理の中で「刺身」と共にメインになるかというと、それは最も季節を表現するものであるからです。

「吸い物」は、どんなに旨くても季節の表現ができていなければ、よい吸い物とはいえないのです。悪い例を示しますと、椀種にコチ、椀妻に松茸、青味にぜんまい、一番出汁を使った薄口の吸い地、鴨頭に木の芽という組み合わせは、お吸い物の体を成さないものです。コチは、夏の魚で、ぜんまいは春のもの。さらに、松茸は秋のものです。鴨頭の木の芽は春のものです。このように季節が統一されていないので、いつの時節なのか判りません。

「鴨頭」というのは、一般には「吸い口」といったり「口」といったりしますが、昔は主に「柚子」が使われました。 柚子は時節によって「花柚子」「青柚子」などと色を変え、姿を少しずつ変化させてゆきますから、季節を出すのには最適です。 黄色く色づいて香り高くおいしい「柚子」の時季には、大ぶりに切って香りを楽しみますが、苦い時には少しだけ そいで、「へぎ柚子」にして、椀物の前面に出過ぎて主役の味を台無しにしないように使います。また「松葉柚子」にしたり 「一文字」にすることで、皮の切り方によっても季節の変化を表す事ができます。花の季節には「花柚子」を使います。

これが「吸い物」の基本です。お椀の蓋をとった時に、それが何月のいつ頃なのか判るように作らなければならないものなのです。

こうした「吸い物」は、ラーメンのスープのように濃厚な味には作りませんから、口をつけて吸った瞬間に味がわかるものではありません。飲み込んでから胃に納まり、それを頭で確認して口の中に戻って改めてお吸い物の味をとらえることができなければ、お吸い物の旨味を味わうことができません。一口味わった時には物足りなく感じますが全部吸い上げた時に、初めてちょうどよい味になるように仕立ててあります。こうして、最初に口の中に入った味を改めて味わい直すような味のことを「返り味」といいます。最近では耳にする事もなくなった「返り味」。繊細な日本人の味覚です。

さしみ

日本料理の基本は、素材よりおいしくしないこと。
ですから究極は刺身なのです。

日本料理は素材に手を余り加えず、選ばれた素材そのものの風味、よさを引き立たせる素朴な調理法が尊重されてきたことは承知の通りです。素材を活かす日本料理の特徴をつきつめると、やはりメインは「刺身」ということになります。

「さしみ」は「吸い物」と共に酒饌献立(会席料理)の中のメインディツシュになります。献立では「造り」と書き、 ていねいに御の字をつけて「お造り」とよびます。(刺身では「身を刺す」と書くため、縁起が悪いので「お造り」として います。) ただ「お造り」という表現は「刺身」と呼ばれるもっと以前からあったそうです。平安時代の公家の世界で、食べ物に ついて話をすることは下品なことで、そのものズバリを口にすることは、はしたない事とされていました。それで、 宮中の女房言葉として「おつくり」という言葉を使っていたといいます。 これは一種の隠語で、他には豆腐を「おかべ」、魚は「おまな」、御菜「おかず」、鰹節「おかか」、飯に付けて出す 味噌汁「おつけ、おみおつけ」、水「おひや」、塩「なみのはな」などなど、現在でもたくさんの女房言葉が残っていて わたしたちが日常使う言葉の中にも、気がつかないで使っていることもあるかと思います。 もともと関西で「作り身」「お造り」と呼んでいたものを、江戸時代に関東では「刺身」と呼ぶようになります。 これは、新鮮な魚貝類が豊富に手に入る江戸で、得体の知れない魚は食べない習慣から、切り身にしてしまうと何の魚か 分からなくなるので、その魚の「尾ヒレ」を切り身に刺して示したことから「さしみ」というようになり、刺身(差身)の字を 宛てるようになったと言われています。

昔の刺身の盛り付け方は、陰陽五行説(万物の存在はすべて陰と陽の組み合わせで成り立っているという考え)が関係して、陽の数(奇数:三切れ、五切れ、七切れ)を、右奥を上位として高・中・低と左に行くに従い低くなるように盛りつけると教えられ、一つの器の中に天地宇宙を盛る。つまり仏教における聖なる山「須弥山(しゅみせん)」をかたどって盛りつけることになっていました。

このような昔の「刺身」は「七五三盛り」ともいって、皿の中に、遠くの山、中景の山、近景の山と三つの山があるように、山水画の様式にならった「山水盛り」を基本としていましたが、現在では「本膳料理」や特別な「式正料理」などの場合を除いてほとんどしなくなりました。

けん・つま・かいしき

刺身の盛り付けには、添え物「あしらい」として「剣 (けん)」「妻 (つま)」「掻敷・皆敷・苴 (かいしき)」が必要とされます。

「剣(けん)」は大根、独活など植物性のものを庖丁で細く繊に打ったものです。これは消化を助ける目的で食べる ためのものですから、正式には口に入る寸法に切るのが基本で、一寸 (約三センチ) に切ります。大根以外に、 ミョウガ、ラディシュ、カボチャ、キュウリ、ニンジン、カブラなども使います。

「妻(つま)」はさしみの盛付けを助けるもので、大根の荒繊や海藻類(トサカ、ワカメ、ノリ、オゴ(ウゴ)、イギス)など、 さしみを盛り付けるための土台や枕になるものをいいます。 「つま」には、刺身の下に血抜きの目的で敷くための「敷づま」や「大葉 (青じその葉)」のほかに、立てて使う「立てづま」 があります。立てづまと同じような使い方をするものに「穂づま」があります。これはシソの穂「穂紫蘇(ホジソ)」 や「浜防風」などがよく用いられます。花のついたシソの穂は「花穂」といいます。

「香りの物」として「芽葱(メネギ)」、シソの芽「紫芽(ムラメ)」、蓼の芽「芽蓼(メタデ)・紅芽(ベニタデ・あかめ)」なども使いますが、これは「芽づま」といいます。懐石料理の向付によく添えられるのは、柏の木の実の「莫大海(ばくだいかい)」や「岩茸(いわたけ)」「水前寺海苔」などがあります。

「掻敷(かいしき)」を兼ねたものを栽培して使うようになります。ツクシ、ハナマル、菊、桜、梅、ランの花、メカンゾウ、小さい胡瓜に黄色い花をつけた花丸胡瓜やサクラ草などの専用のものも栽培されます。

このほかに「辛味」というものがさしみには必ずつくことになっています。これは昔の人の知恵として、生食をするために寄生虫などの心配があるため、寄生虫の駆除を目的としたもので、実際に山葵や生姜、芥子などは殺菌作用や駆虫作用が立証されています。

さしみの切り方

刺身と一概に言っても、切り方によって味が決まるので、さまざまな技法が使われています。一般に、白身魚の平目などのようなものは「薄造り」にすることが普通ですが、鮪などの赤身の魚は厚目に切って「平造り」にするのが普通です。他に、小波造り、角造り、引き造り、切り掛け造り、銀皮造り、細造り、糸造り、サヨリやキスの手長造り、そぎ造り(へぎ造り)、アユの背越造り、たたき、昆布締め、洗い、湯洗い、霜降り、湯通し(湯引き・湯振り)、焼き霜造り、松皮造り、など多様な調理法があります。

日本料理の料理長を「板前」「花板」とまな板と関連付けて呼ぶ事からもわかる通り、食材を切ること自体を煮炊きから独立した調理方法として非常に重視して、切り方に凝ってきた「割主烹従(かっしゅほうじゅう)」の世界です。

最近では、日本の和包丁が欧米でも人気だそうです。日本料理店に限らず、レストランのシェフから、日本の包丁は切れ味が抜群であると認められているのです。1本1本手作りで仕上げられた職人の技と歴史が、現在、認められてきていることは大変誇らしく嬉しいことです。

日本の料理人にとって、包丁は一番大切な道具ですから。

さて、今年も始まったばかりですが、歴史的な円高ですし、世界景気の閉塞感はさらに広がりそうです。飲食業界では、低価格に取組む店ばかりが話題になりますから、私たちのような店の経営は相対的に厳しくなっていくでしょうか。

スタッフの全員で、ここのところを踏ん張っていかなければなりません。