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献立の極意

献立の妙「走り・旬・名残」

日本の伝統を重んじて創られた献立は、現代人が忘れてしまった日本の文化を思い起こさせてくれます。 日本料理は四季の移ろいを盛り込んだ料理と器とが、一幅の絵を描くような世界です。 使われる食材も吟味され、プロの技で客人の期待に応えなければなりません。料理を通して季節を感じてもらい たい日本料理。 今月の天翠の献立(10月神無月)では、「旬」のぐじ、甘鯛を焼き物に、秋を代表する味覚の松茸や零余子(むかご)、 栗、舞茸、占地。これら旬の材料を中心に、ひとつ前の季節の「名残(なごり)」の鱧(はも)、ひとつ先の 季節の「走り」の生ガキを食膳に加えることで季節のめぐりや深まりゆく秋をしみじみと実感する、という趣向です。 「名残」の食材で過ぎ去る季節を惜しみ、「走り」の食材で季節を先取りする . . 。

四季に恵まれた日本ならではの季節を思う心、もてなす心がはぐくんだ美しい日本の食文化をこれからも大切にしていきたいものです。

会席 ⁄ 宴会料理 と 喰切り料理

日本料理の中で、割烹や料亭、待合などの料理の主流をなしているのが「会席料理」や「喰切料理(くいきりりょうり)」です。

現在、天翠でご用意している料理を例に、ここで少し整理してご説明してみますと、まずは、主に食事として空腹時に食べる料理と、お祝いの席や接待など、お酒をたのしみながらもてなす料理とは目的が違いますから、料理の内容もサービスの仕方も違ってきます。

ご夕食の接待として酒を飲む為の料理の代表が「会席料理」で、これにも二つあって、料理を一度にお客様の前に出す「宴会料理」と、一品ずつ料理をサービスする「喰切料理」があります。天翠で季節の会席料理としてご用意している料理は、主に喰切料理です。この「喰切料理」は、酒饌(しゅせん)料理が主ですから、量よりも質、季節の味覚に主眼を置き、ごく少しでいいから旨い肴で酒が飲みたいというお客様の要求にこたえて作られたものです。献立の基本は、だいたい以下のような流れで構成しています。

「季節の会席/喰切料理献立」

一、先附

一、前菜(前八寸、口取り肴)

一、椀(吸物)

一、造り(刺身)

一、焼物(鉢肴)

一、煮物(焚合せ)

一、揚げ物(替り鉢)

一、酢の物(強肴)

一、止椀(汁)

一、食事

一、水菓子(デザート)

これは一例ですが、各料理の項目も、その時折々の山の幸、海の幸、旬の食材によって、口代り、合の物、凌ぎ、 椀盛、八寸、預け鉢、箸洗い、進め肴、など様々なかたちで献立に入ります。 また、茶懐石の様式のなごりで、向(向付)、合肴、八寸、強肴などの呼び方も使われています。 向付(むこうづけ) は茶会の食事の時、飯椀と汁椀の向側に置くから、向(むこう)と言います。生魚と野菜を使ったもので 鱠(ナマス) がよく使われます。煎り酒や酢醤油等をかけたりします (小皿に醤油を出すと刺身になってしまいます)。 合肴(あいざかな)というのは、焼物も煮物も献立にあるのにもう一品入れたい時など、ちょっと小粋に料理を入れ込むといった 感じで蒸し物や揚げ物などをだします。八寸とは、八寸四方の器の寸法からきた言葉で、八寸盆に山海(山の幸•海の幸)の珍味 を盛り合わせたことに由来しています。強肴(しいざかな)は酒をもっと飲む為、こんな珍味がありますからもっと飲みましょう と強いる酒菜という意味で使われます。 いずれも量を食べるものではありません。

献立とお品書きの違い

「献立」は、料理人が客人のためにその季節折々のストーリーを考えた料理のシナリオです。料理人はどんな順番でどんな物を用意したら最もおいしく感じられるかを考えて料理の筋書きを書くのです。ただ酒の肴を並べて書いた物ではありません。このようにして作る「献立」に対して、順序なく料理名を並べたものは「お品書き」といいます。アラカルトメニューのことです。お客様が食べたい物を注文するときはこの「お品書き」の中から注文することになります。最近では献立などとは無縁の単品料理だけをあつかう飲食店や、ファストフード、コンビニエンス店など早く便利な食が現代の主流となってしまいました。大きなホテルや料理店であってもビュッフェ形式などのプロモーションが盛んで、自分の好きな物を好きなだけ食べられるというメリットから、タイのお客様にも好まれています。しかし、これには日本料理本来の魅力や板前が創意工夫して作った献立から感じる味わいを楽しむ優雅さはありません。(日本料理は講釈が多くてめんどくさいと思われたらそれまでですが。)

一献(いっこんの献は献立のこん)

客人にものをご馳走し、おもてなしをするということは、古来日本では第一に酒を飲ませる、一献差し上げることが 「もてなし」とされてきました。特にハレの日や儀式において「お酒」と「献立」との関係は深いのです。 殿様が家来に「ササを食べるか」といいますが、ササとは お酒のことで、家来に盃をつかわすことは儀式で、古く から日本の儀式には日本酒は欠かせません。 「一献、献じましょう(いっこん、けんじましょう)」というのは「お酒を一杯ごちそうしましょう」という意味ですが、昔は 「式三献」といって、最初の献立、初献には引渡し、二献目は打躬(うちみ)、三献目は腸煎り(わたいり)を供した献立 でちゃんとした形式がありました。

この「一献」とは本来、献立の酒菜の出される順番のことです。式正料理の多くは今でも婚礼に用いられていて、三三九度の盃というのは、この一献、二献、三献の儀式を継承したものです。「一献、献じましょう」といったら、お銚子と盃、肴を持ってきて客人の前に出し、ひとつの肴で三杯飲むのが約束なので、三杯ご馳走して、お客がその肴で三杯飲んだら一献目の酒菜を全部下げてしまいます。そして「もう一献」といって二献目となり、違う肴でまた三杯飲ませます。それを三回やると、三杯が三回で九杯のむことになるので、「三三九度」になるのです。現在でも、宴会に遅れてきた人に「かけつけ三杯」といってお酒を飲ませることがありますが、これもこの三三九度に由来するもので、宴会に遅れてきたらまず一献目のお酒三杯を急いで飲ませようと言う訳です。

“サ'' “ケ” は “神様”の“食事”

「お神酒(おみき)あがらぬ神はなし」お神酒が神様には欠かせない食事ということです。日本は古来から稲作の国で、稲の神様を祭るのが日本民族の信仰の基本で、稲の神様のことを「サ」と呼びました。サカキという木は、サの垣根のことで、ここから先を稲の神様の神域であることを示すために植えられた木です。神様の召し上がる食事のことを御食(みけ)といい「ケ」は食事のことです。朝食、昼食、夕食のことを、朝げ、昼げ、夕げ、というのもここからきています。ということで、酒(サケ)の語源は、神様の「サ」食事の「ケ」で、神様の食事である「さけ」なのです。呼び名の由来からわかるように「酒」は日本人の儀式には欠かせない大切な「神様の食事」なのです。そして、やはり日本食には日本酒が一番です。

日本伝統の料理屋さんは、単にお腹をすかせて行く場所ではなく、献立の趣向を感じて饗宴を、芝居を観るように楽しむところでした。そこには座敷のしつらえから、調度品、食器の趣味の良さ、掛け軸、花、さらに芸妓、舞妓、芸人を招き遊興にも配慮したもてなしと、心配りには尽きるところがありませんでした。

江戸の文化は、花柳界や吉原のような華やかな遊郭の文化によって支えられていたといってよいでしょう。そして、料亭、茶屋などで贅をつくした料理をつくらせ、春は花見、夏は涼み、秋は月見、冬は雪見と、遊芸を伴った美食を極めた料理文化を形成したのです。これも、近代化、文明の発展によって徐々にすたれてしまいました。私ども四季のないバンコクで店を営む「天翠」ですが、こんな時代にあっても、廃業に追いやられることのないように、皆様にご理解いただける日本料理を目指し精進していかなければなりません。