HOME » 伝統に学ぶ / 食文化 » 器は料理のきもの

器は料理のきもの

器は料理のきもの 器選びに込めた「天翠」のおもてなし

旬の食材を生かし、四季を盛り込んだ日本料理。
素材の美しい彩りと料理人の仕事を受け止めるのが「器」です。

一口に「日本の器」といっても、実に多種多様で、陶磁器と呼ばれるものだけでも、その製法から「土器」「炻器 (せっき)」「陶器」「磁器」の四種類に分けられます。また、豊かな様式と技法によって「焼締め」「色絵」「赤絵」 「染め付け」「白磁」「青磁」「青白磁」「金襴手(きんらんで)」「織部(おりべ)」「天目(てんもく)」「飴釉(あめゆう)」 「黄交趾(きこうち)」など釉薬の違いや絵付けの違いで味わいも変わります。さらに伝統を受け継ぐ窯、産地から 「有田焼」「唐津焼」「萩焼」「京焼」「九谷焼」「瀬戸焼」「美濃焼」「笠間焼」「益子焼」「備前焼」 「伊賀焼」「信楽焼」など形、焼き方、文様、産地別に、日本ならではの味わいのある器がたくさんあります。

日本の器の歴史は、遥か1万2千年も前から始まったといいいますから、まさに日本の歴史そのものです。古くから使われてきた器の魅力は、それに盛りつけられてきた数々の日本のもてなしの伝統と密接にかかわっていますので器と料理の関係は「日本料理」そのものの歴史であるとも言えます。他の国の料理には磁器が主に使われていますが、日本では、陶磁器だけでなく「漆器」「竹の器」「ガラスの器」「木の葉」や「和紙」をも食器として用います。さらに現代の和の器には「作家もの」という概念も定着し、古くからの伝統技術をくみながら新しい感性の器がたくさん生み出され、より多彩で複雑になっています。

これほどまでに多様な器を、大事に使ってきた日本の歴史は、他の国には見られない誇らしい世界です。とにかく、日本ほど、料理に合わせて多彩な器を楽しんできた国はないのですから。しかし、残念な事に、この日本の「器と料理」については、他の国の方々には充分に理解されているとは思えません。今、世界は日本料理に関心を持っているし、日本食ブームとまで言われていますが、はたしてどこまで日本の良さの本質を理解されているでしょうか?

それぞれの自然の素材を生かした職人の技によって生み出された日本の器は、それを眺めているだけで命の暖 かさを感じます。そして、「作り手」である日本の職人の素晴らしさ(物に命を吹き込む力)に感銘させられるものです。 「作り手」に感謝しながら使う器。「使い手」を思って創られる器。 共に「作り手」と「使い手」がひとつになって生み出してきたもの、それが「日本の美」なのではないでしょうか。 日本食の良さも、器の魅力も「作り手」と「使い手」の想いがひとつになってこそ理解されるものでしょうから . . .

古くから受け継がれてきた、器の取り合わせの妙は、日本料理をやっていて、いちばん愉しめる事のひとつです。ある意味、器を学ぶ事から日本料理を学べるといってもよいのではないかと思います。私は、器の作り手の立場からの見識はあまりありませんが、料理を盛りつけ、器を使う立場から、今、店で使っている器を色分けしてみました。春、夏、秋、冬。季節によって「衣替え」のように「器替え」の時期でもありましたので。

たとえば、私の好きな「織部焼」の緑。中国の「華南三彩」の緑はムラのない均一な色。それに対して織部焼は、釉薬が生み出す濃淡をそのまま残しています。釉薬が流れるというのは、中国では失敗だと感じたそうですが、日本では他の器と違う釉薬の流れがあることを美しいと感じてきました。釉薬の中のそういった変化を「けしき」と言って、見る人がいろいろ想像する。海の深さであったり、山の深さであったり、そういったことに青さということを想像させられる。そんな織部の緑。日本人の美意識がそこに感じられます。

器選びに込めたもてなしの心。

料理に合わせて器を決めるだけでなく、器を前にして、料理をあれこれ考える。器と料理が織りなす和の世界。 取り合わせの妙。これも日本料理の楽しみのひとつです。 「器は料理のきもの」とは、 美食を追求した料理人、北大路魯山人の言葉です。 料理を引き立て、眼にも美しいご馳走を生みだしてくれる器。器と料理の関係を見事、端的に言い表しています。 料理はぴたりと合う器に盛りつけられた時、あたかもその器から「ダシが出るかのように一段とその味が旨くなる」 と魯山人は語っています。 明治という文明開化の時代に生きた彼らですが、日本の美食を追求し、自らの美意識を信じて、財を注ぎ込んで 道具を集め、食を楽しんだと言われています。この頃の「数寄者」たちによって中国の磁器に日本の染付、色絵に 金彩を施した金襴手(きんらんで)、オランダ渡りのデルフト陶器やガラスまでもが器として利用されたのです。 この「数寄者」たちの飽くなき美の追求心から、すぐれた職人の技に、財をつぎ込んで応援したおかげで、今日の 豊かな食の器があるのだといっていいでしょう。その一方で、文明は工業化を押し進め、大量生産、大量消費の 時代に向っていきました。ここで「文明」と「文化」の違いがはっきりとしてきます。 日本の美意識は、まさに日本の職人の文化が支えてきたものだと考えています。ですから、この「職人文化」を 大事に守っていかないと日本の食文化は魅力のないものになってしまうと思うのです。

ところで「天翠」で使っている食器は、開業当初から従業員には消耗品のように扱われ、とても淋しく思います。 「器は料理と同じくらい大切なもの。」それを解って頂きたいものです。 特に漆器は丁寧にあつかって欲しいものですが、その美しさと造り手の想いを理解してもらえないと すぐに使えなくなってしまいます。 店の従業員に食器の大切さを理解してもらうためには、この日本料理の魅力自体を理解してもらえないと無理なの ですが、基本を身につけるだけでも10年はかかるでしょうか。これは、根気のいる仕事です。理屈ではなく感性と 意識の問題なのですから。そんなわけで本物の漆器を使ってお料理を盛りつけ、お出ししたいところですが、 今の私どもではまだまだなのです。

食器はその土地の文化や食生活と密接に結びついていますから、その器を眺めながらその役割を見直してみると、優れてユニークな日本人の感覚が見て取れます。是非とも「器」を通して日本の魅力を感じて頂けたらと思います。