HOME » 伝統に学ぶ / 食文化 » 雨が育てた日本の叙情

雨が育てた日本の叙情

タイでは雨季 (5月中旬~10月) と言っても、雨が降るのは2~3日に1回 、1時間前後。日本の雨期のように何日も降り続くことはありません。ですから傘を持ち歩く習慣もないのですが、「雨」の捉え方 は、その国柄や土地の気候によって様々です。

なかでも日本人の雨に対するイメージは、他国とくらべて、とても叙情的だと思います。これは、四季に恵まれた日本の文化が 、自然と寄り添って生まれたことを象徴しています。そして、この雨の風景が、日本人に共通した心情を はぐくんできた大きな要因であったと言えるのではないでしょうか。

雨を題材にした豊かな表現、鈴木春信の錦絵〈夕立〉

日本には「雨」を表す言葉も豊富です。雨に冠する語彙の豊富さでは、日本がおそらく抜きん出ているに違いありません。(「雨の名前」(作成者 高橋順子)という本には、なんと422語の雨の言葉が紹介されています。)季語としての雨の名から、俳句や短歌、方言、民謡、唄曲の中の雨など、心の状態を表した言葉もあり、驚くほど豊富な表現があり、古人の感性の豊かさには驚かされます。

霖雨(りんう) 降ったり止んだりが,何日にもわたって続く雨。

地雨(じあめ) しとしとと,何時間にもわたって降り続く雨。

霧雨(きりさめ) 霧のように細かい雨。糠雨(ぬかあめ)とも。

豪雨(ごうう) 激しく大量に降る雨のこと。

篠突雨(しのつくあめ) 激しく降る雨のこと。

俄雨(にわかあめ) 突然に降ってきて,すぐに止んでしまう雨。

肘笠雨(ひじがさあめ) 俄雨。笠をかぶる間がなく肘をかざし袖を笠のかわりにした。

驟雨(しゅうう) ざあざあと激しく,短時間に降る雨。

凍雨(とうう) 雨滴が凍ったまま降ってくる雨。

梅雨(つゆ,ばいう) 6月上旬から7月中旬にかけて降る雨。「黴雨」とも。

五月雨(さみだれ) 旧暦の5月に降る地雨のこと、五月(さつき)に水が垂れる梅雨という意味。

夕立(ゆうだち) 夏の夕方に降る驟雨のこと。

白雨(はくう) ともいう。発達した積乱雲による雨でよく雷を伴う。

氷雨(ひさめ) 夏の初めに降る雹(ひょう)のこと。

秋雨(あきさめ) 9月初旬から10月初旬にかけて降る細い地雨のこと。

秋霖(しゅうりん) ともいい梅雨の時期と似たような気圧配置に。

時雨(しぐれ) 秋の終わりから冬の初めに降る冷たい俄雨のこと。

春雨(はるさめ) 春にしとしとと降る地雨。春霖(しゅんりん)とも。

菜種梅雨(なたねづゆ) 3月から4月ごろに降る雨のこと。

卯の花腐し(うのはなくたし) 春雨と梅雨の中間ごろしとしとと降る地雨のこと。

虎が雨(とらがあめ) 旧暦の5月28日に降る雨のこと。この日の雨は,曾我兄弟が討たれた日で、この日に降る雨は,兄の曽我十郎祐成の恋人 虎御前が流す涙だと伝えられている。

薬降る(くすりふる) 旧暦の5月5日に降る雨のこと。この日は,薬日とよばれ,この日に降って竹の節にたまった雨水(神水という)には薬効があると伝えられている。

半夏雨(はんげあめ) 7月2日ごろ,夏至から数えて11日目に降る雨のこと。この日の雨は,大雨になるといわれる。

寒九の雨(かんくのあめ) 1月13日ごろ,寒に入って9日目に降る雨のこと。この日に雨が降ると豊作になるといわれる。

他にも例えば、桜雨・養花雨・育花雨・御精霊雨・青時雨・鬼雨・狐雨・猫毛雨・流星雨・山蒸雨などなど。

〈風俗四季歌仙 五月雨〉〈雨夜の宮詣 (見立蟻通明神)〉

浮世絵の雨の描写

さて、「浮世絵」の世界には雨の描写が驚くほどたくさんあります。この浮世絵の雨の描写は、西洋美術には見られないものです。(映画の世界では欧米の優れた雨のシーンも多いですが “雨の絵画” は、ほとんどありません。)趣があって、優雅で、風流で、粋。(それと清楚な色気)これが日本の古典や故事に心惹かれる理由ですが、まずは、私の大好きな「鈴木春信」 (suzuki harunobu)、細身の可憐で繊細で優美な表情の女性を描かせたら天下一品。「美人画」で有名な江戸の絵師による雨の情景。

鈴木春信は、浮世絵における「錦絵(江戸絵)」の創始者、立役者、浮世絵六大絵師のひとり。初めて多色刷りの木版画を実現し「吾妻錦絵(あずまにしきえ)」と名付けて、以後の浮世絵黄金期を迎えるきっかけを作った絵師です。「吾妻」は「東」とも書き、京都の西に対して東の江戸で生まれた、錦織物のように色美しい版画だというわけです。

和歌や故事を題材にした「見立絵(みたてえ)」の名手であった春信には「思古人」という号もあります。"古(いにしえ)を思う人" という その意味のとおり、古今東西の故事説話から得た題材を江戸時代当時の風俗に置き換え、文学的な大和絵にこだわって、気品に満ちた「絵暦」や「見立絵」を享年45歳まで描いています。

春信は、江戸時代その当時のさりげない風俗のありさまを描くなかに、古く和歌などに表されてきた日本人の季節感や恋心を「見立絵」によってうまく表現しています。(平安時代の雅びを感じさせる格調の高さを感じます。)特にこの「見立絵」は、鑑賞者に "絵の主題" を読むことを期待して描かれています。(こういう趣向は、伝統の日本料理にも同じように求められるのですが、)「料理」も「見立絵」も、その原典を当てたり、置き換えの機知に感心したりして作品を楽しんだものですから…

春信の作品では、画中に絵の原典を示す題名が記されることはほとんどありません。ですから、当時であっても絵だけで春信の趣向を解き明かすには、相当の教養が必要であったと思われます。その深く巧まれた趣向は、時に幾重にも用意されていることもあって、その知的なトリックをどこまで読んでいいのか迷わされながら、当時の鑑賞者も様々に頭をめぐらしたはずで、絵師は当然それを予想して描いているのです。ある程度の知識がなければ解くことができない趣向、あるいは教養人でさえ迷わせてしまう趣向、そうであればこそ春信の見立絵は文学のように魅力的にみえるのだといえます。

〈風俗四季歌仙 五月雨〉〈雨夜の宮詣 (見立蟻通明神)〉

日本の風景画の人気を世界にまで広め、「雪月花」の日本の美に「雨」を加えた とまで言われる “広重” の雨の描写。雨の詩人「歌川 広重」 (utagawa hiroshige)

日本人が雨に対して持っている感性は、絵になり、詩となり、文学にもなって伝えられてきました。私たち日本人には自然に見える雨の描写も、世界の中では本当に珍しい表現で、美の表現技法において日本独特のものだそうです。これは、西洋絵画に雨の絵がほとんど見当たらない事からも解ります。江戸時代、浮世絵が西洋の印象派の画家たちに影響を与えたジャポニズム。特にゴッホが広重の模写を行っているのは有名な話です。ゴッホの「雨中の橋」は「大はしあたけの夕立」を模写しています。

〈大はしあたけの夕立〉 〈大磯 虎ヶ雨〉 〈小泉夜雨 金沢八景〉

「錦絵」の誕生は、鈴木春信以降の歌麿や北斎、そして広重が登場するようになって、日本以上に海外で評価されるようになりました。この版画である浮世絵の技術は多様で高度なものです。西洋の銅版画にくらべても、木版画で1ミリ以下の凸線を彫ってつくられた世界。この技術は西洋人にとっては驚異的な技術で、日本の職人の精巧さの誇らしいところです。 世界的に絶賛されたこの技術力は、日本の豊かな感性によって生み出されたわけですが、この様な優れた錦絵の制作には、絵師はもちろん、版下画工、彫り師、摺り師など、職人の卓越した技術がなかったら完成しません。言うなれば、日本の「巧み」は、職人芸の共同作業の集大成であって、ひとりの天才アーティストによる個人的な作品ではないのです。また、「錦絵」制作の背景には、当時の知識人をパトロンとし、金に糸目をつけずに財をつぎ込んで、すぐれた職人を応援した「好事家」「数寄者」たちの飽くなき美への追求心があったことも注目すべき点でしょう。

私は、古い日本の文化は実用的でなくなってしまったことはわかってはいますが、この古くさい日本人の感性というものに、もっと自信と誇りを持っていいと思っています。そして、新しいテクノロジーによって便利になった現代でも古を忘れず、伝えてゆくべきだと思います。

では、雨上がりに一服どうぞ。

〈香蝶楼国貞(三代豊国)/御上洛東海道 原〉

写真やリアリズムが身近に溢れた現代社会で鈍感になってしまった私達に、
生き生きとした自然と暮らしの情景を思い起こさせてくれる錦絵。
自然と寄り添って生きている、豊かな人々の暮らしと心情が酌み取れます。