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温故知新「月夜に一献」

中秋の名月

現代人が忘れかけている古の美意識を月の光で呼びさます。

「月百姿」四条河原で涼む芸妓/画 月岡芳年

十五夜のお月見

八月十五日の晩に満月を眺める十五夜は、陰暦 における重要なイベント。お月見は旧暦の8月15日に月を鑑賞する行事で、この日のお月様は「中秋の名月」「十五夜」「芋名月」とも呼ばれ、空気が澄んで、月を見るのに最も適した晩とされてきました (ちなみに2013年今年の十五夜は、9月19日です)。 陰暦では7~9月が秋。つまり8月は秋の真ん中の月、ということで「仲秋」の名月とも書くのですが。陰暦8月15日の十五夜をさす場合は「中秋」の名月とするのが正しいそうです。

お月見の風習は元々中国で始まったものですが (月餅(げっぺい)はこの日に食べるお菓子だったそうです)、日本では秋の収穫祭と一緒になり、花瓶に秋の七草の一つのススキを飾り、団子、神酒、この時期に収穫される里芋をお供えして、月を見ながら酒を飲む宴として定着しました。名月を愛で、月光に思いを馳せてきた日本人。万葉集にも150首以上の月に関する歌が詠まれていることからも、日本人にとって月は特別な存在。月の光をこよなく愛した日本の文化を思い起こしてみます。

失われゆく風習

十五夜は秋の収穫のお祭りでもありましたから、月見の晩に限り、団子などの供え物やよその家の畑の作物を子供たちが盗んで回るという風習がありました。盗まれた家は、供え物がなくなる事は「神様が食べたこと」として縁起が良いと喜んだのです。(近隣との付き合いの薄い現代の都会ではありえない、昔は地域の住民たちの結びつきこそが社会の基本的な価値観であったことが感じられます)。しかし、かつてあったこのような風習も時代とともに「盗むことは好ましくない」とされ、今では価値観が変わり、なくなってしまった風習です。

古(いにしえ)の暦

今では馴染みがなくなってしまった旧暦 (太陰太陽暦) は、月の動きで日付を知り、太陽の動きで季節を測る暦で、明治の初めまで1200年もの間使われていました。この旧暦には、日本のルーツを感じる風情や風習が詰まっています。いにしえの「ゆかしさ」などもこの暦から感じ取れ、日本の生活様式そのものであったのです。現在、世界各国で使われている「太陽暦」「グレゴリオ暦」。日本では、文明開化とともに大急ぎで欧米の文化を摂取するために採用されたわけですが、古い暦を捨て、近代的と言われる暦を採用したことは「文化」よりも「文明」を重視した結果といえます。しかし、殺伐とした現代社会にあっても、私たちの感覚の中にある「趣(おもむき)」や「ゆかしさ」は失いたくないものです。そのためにも行事と季節の深いかかわりを見直してみたいと思います。

温故知新の日本料理

日本料理の献立は、本来、旧暦をもとにつくられる季節料理なのです。しかし、科学万能の現代で古典的な文化を伝承し、継承していこうとすることが、21世紀以降どれほど重要なことと考えられるでしょうか。(ましてや異郷の地バンコクで…)そんなことは日本にいても、古くさくて意味がないと考える人がたくさんいると思います。

故事や故実を知り、それを生かしていく料理人は、文化的な料理人。これに対して古いしきたりよりも、合理性、効率、マーケティングを重視して新しいものに挑戦し、研究をする料理人は、いわば文明的といえます。

新しい文化を生むには、昔のことをよく知ることが大切な基盤となりますが、大胆に新しいことに挑戦していく心も必要です。古いことわざに「古くして古きは亡び、古くして新しきは栄ゆ」という言葉がありますが、このことを言っているのだと思います。そして「温故知新」という言葉は、古人の叡智から学び、さらに未来につなげるということです。(ただ「故事つけ」という言葉もあるように、あまり古くさくてくどい話は、だれにも嫌われますが。。)「人間の価値」というのは、伝統的に倫理学の領域であるはずですが、グローバリズムの進む現代では、どうしても経済的価値が最優先されてしまい、昔ながらの伝統やしきたりはなおざりにされがちです。特に現代の「食」の世界は、グローバル化とバイオテクノロジーによって急激に変化しているので、とても心配です。

月と浮世絵

さて、月見を楽しむ江戸の風情を描いた浮世絵を紹介します。四点とも美人画の浮世絵師、鈴木 春信 (すずきはるのぶ) の画です。情緒豊かな江戸の文化の象徴です。特に「しな」をつくったポーズの美人画からは「日本独自の色気」を感じます。産業革命により工業化が進み、植民地を多くもったイギリスをはじめとするヨーロッパから科学の力が押し寄せてきた江戸時代後期、当時「浮世絵」は、江戸の文化レベルの高さを世界に認めさせたものでもあるのです。

今タイ、バンコクに住んでいて、急激な経済成長を感じています。日本で見る月もここバンコクで見る月も同じ月。場所が変わっても月は地球に対していつも同じ面を向けて回っているので、月が見える場所であれば、世界中どこで見ても同じだそうです。心静かに月を眺め、物思いにふけるのも一興です。

天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも

(大空をふりあおいではるか遠くを眺めてみると、月が見える。あの月は・・・、昔住んでいた日本の故郷である春日の三笠山の上に出ていたあの月と同じものなのですね) 安部仲麿(あべのなかまろ)の歌(百人一首)。これはもう、望郷の想いをつのらせる海外に住む私達日本人にぴったりの心情です。奈良時代の遣唐留学生のうちの1人であった安部仲麿。彼がもうすぐ日本に帰国するという事を祝う宴の席で詠んだ歌ですが、途中で船が難破して引き返し、結局帰れぬまま中国で54年暮らして、72歳でその生涯を閉じます。日本に何度も帰ろうとして上手くいかず、結局日本に帰れないまま亡くなってしまったのです。

澄んだ夜空に浮かぶ、まんまるお月様。秋の夜長に月を眺めて過ごすのはなかなか乙なものです。昔から十五夜に月見をしたら、一ヶ月後の十三夜にもお月見をしないと「片見月」と言って縁起が悪いとされてきました。つまり (陰暦8月15日) 2013年は 9月19日(木)にお月見デートをすれば、翌月 (陰暦9月13日) 2013年は10月17日(木)のデートは約束されたも同然というわけです。満月の夜は、海の水さえ満ち引きが大きくなるのですから、身体の70%以上が水の人間が影響を受けないはずはありません。恋でもきっと何かが起こるはず。今宵は是非、大切な方と、または、お一人でしみじみと月見に興じてみてはいかがですか。天を仰いでゆっくりとした時間を…

「お月様と まずは一献」。